LINEが当たり前の現代人~ビジネスの常識は時代によって変化する~

日経新聞Web版の記事が、2ちゃんねるで話題になっていました。若者のパソコン離れについて、「多くの若者にとって用途のほとんどはスマホだけで足りてしまうので、あえてパソコンを持つ必要がなくなっている」と言われていました。同意する意見が多く、掲示板では次のようなエピソードが紹介されていました。
電気屋で「大学に受かった娘が使うPC買いにきた」って親子3人が15.6インチノート見てた。

店員 「学校で使用されるそうですが、どんなのがいいですか?」

娘 「白がいい」 ※一部編集


機能性や性能ではなく色を希望する。事実かどうかはわかりませんが、若者の本質に触れたようで、なるほどなと思います。
今やスマホ利用による変化は、社内でも確認されます。
「成果報酬系Webリニューアル(仮称)」をうたう某社のWeb担当者は、各企業サイトにある「お問い合わせフォーム」を利用して営業をかけています。その営業メールの内容は、論理性どころか具体性もなければ、改行もありません。

パソコンのメーラーを想定するなら、適時改行が必要です。ましてや営業メールです。まず目を通してもらうためには、読みやすさはなにより大切ですが、これを送った某社のWeb担当者にその常識はないようです。一方で、スマホの画面では、パソコン向けに改行した文章は読みづらくなることもあります。

つまり、日常的にスマホを多用し、パソコンのメーラーを使っていない可能性が高いと見ることができます。すでにパソコンメールの常識を持たない世代なのかもしれません。
次はLINEです。すでに違和感がないのかもしれませんが、あるコンテンツの更新で、画像撮影を担当したWeb担当者が「LINEで入稿していいですか?」と確認してきました。スマホで撮影し、そのままLINEにアップロードするから、ダウンロードしてほしいというリクエストです。

Facebookで原稿のやり取りをしたことはありましたが、LINEでの依頼は初めてでした。若者にとってのLINEは、個人間のコミュニケーションツールではなく、情報インフラの1つなのでしょう。

たびたびネット世論を賑わせている「LINEで欠勤、遅刻の連絡の是非」に通じます。少し古いですが、2015年1月18日のYOMIURI ONLINEの投稿サイト「発言小町」で確認されており、その他の媒体でもたびたび議論の対象にされています。しかし、これは新しいツールが登場する度に繰り返される古典的なテーマです。
LINEを業務連絡に使うことを、「ビジネスマナー」から否定する主張は多く、欠勤や遅刻の連絡は電話でするものだと主張します。しかし、ビジネスマナーは時代とともに変わるものです。当時のことは分かりませんが、電話がなかった時代にもビジネスは存在し、そこに「電話がない」ことを前提としたマナーがあったはずだからです。

しかしメールのない時代なら知っています。当時、緊急時の連絡方法は電話だけで、ビジネスマナーが電話を前提となっていたのは当然のことです。しかし、FAXの普及によって、これを使った病欠の連絡がワイドショーで話題になったことを覚えています。声の調子がわからないFAXでは、本当に病気かどうかがわからないと批判していました。しかし、ハスキーボイスの方もいるので、風邪をひいた感じの声を演じれば、その指摘も真実を確認方法ではなくなります。
メールの普及期に話題となったのは「メールで退職届」です。

当時は非常識と話題となりましたが、いまは話題にすらなりません。新たなツールが登場すれば、新たな使い方をするのが今の世代です。作法や手順よりも結論だけを求めるからで、柔軟な発想とほめたいところですが、常識が身についていないことの裏返しでもあります。

そんな若者を叱るのは簡単なことですが、「常識」は時代によって書き換えられるということを、ベテラン世代は留意しなければなりません。すっかりビジネスツールとして認知され、「作法」まで存在するメールが今の世の中です。

業務におけるLINE使用の是非は、社内のルールで決めるべきだと思います。そもそも、若者に指導するべき内容は、遅刻の連絡は就業開始前にし、欠勤の際は業務に支障がないように報告・連絡を抜け漏れなく行い、しかるべきタイミングで自らの非を認め、謝るということ。これこそが「ビジネスマナー」。この場合、伝達ツールは手段であり目的ではありません。
20世紀の話です。20代前半女性スタッフが「iMac」を買いました。iPhoneなどまだまだ影も形もない時代、Windowsが一般的でした。若者が、何が決め手iMacを購入したのでしょう。機能性でしょうか?性能でしょうか?そのスタッフに購入理由を尋ねます。

答えは「オレンジが可愛かった」

カラーバリエーションから選ばれたiMacでした。いつの時代も「若者」は、それほど変わっていないのかもしれません。